ことのこと。

思ったこと。感じたこと。自分の視点で自分の言葉で描いてみる。

「飾りじゃないのよコミ障は(ふっふー)」のこと。

こんにちは。

最近、書いてて何にも面白くなかったので

久々にどうでもいいことを本気で考えてみようと思った。

長編だよ。気をつけて。

 

 

1−1 序論

 

僕は思うのです。この世界、どんな職種であれ、職場であれ

必ず最後に立ちふさがる壁は人間関係であると。

そしてその人間関係の構築に必要不可欠なのはコミュニケーションである。

 

生まれたばかりのあかちゃんは泣いて(ボディランゲージ等を含めて)要望を伝えてこの世界を生き抜くし、

「言葉なんて必要ないぜ」って言葉を使って説明する人がいるし(言語使用不可避説)

逆に言葉にしないとわからないのよっっ!!なんて女の子は言うし、(言語絶対主義)

かといえば行間を読むこと、奥ゆかしさを感じること。。。なんて文化が日本にはあるし(非言語コミュニケーション)

なんだこの息苦しい世界は!?

どこもかしこもコミュニケーションだらけじゃないかっ!?

 

そう、現代は全世界に瞬時にアクセスすることが可能な時代、かつ、家族だけでは

なく、いたるところの多様な人種と出会う機会が多々存在する今、コミュニケーションとやらはとてつもなく大切なわけである!

つまりコミュニケーションによって良好な人間関係さえ構築することができれば人生はもはやアイテムボックスにスターしか入っていない世界のマリオみたいなもん!

たぶん!

 

1−2 問題提起

 

だがしかしっ!!

世の中がコミュニケーションに支配されればされるほど、

その勢力からはみ出してしまうもの、あるいは、その圧力に押しつぶされる人間も少なからず存在するのも現実である。

なんじゃい生きる力って!なにいつの間にかサバイバル能力じゃなくて助け合うとか

わかりあうみたいな方向性に?学び合いってなんじゃい!

え、つかなんなん?なにが正解なん?

え、つかなに、コミュニケーションってなんなん?

空気読むってなに?空気は吸うもんでしょ?

え、え、どうすればいいの??

アマゾンで売ってる?あした届く?え、プライム便有料!?あ、学生タダ!

 

コミュニケーションという、出口の見えない迷宮の壁ラビリンス(守備力3000)に迷い込んだあなたはそう、

 

通称、コミュニケーション障害と言われるわけです。

 

ただ、ここで一つ留意しておきたい。

これ、コミュニケーションが重要視され始めたこの現在に対しての問題提起なのではい。むしろ、それは望ましいことである。しかし、問題なのは、コミュニケーションが重要だよ→みんな頑張る

→(ここまでは良い)

→あいつ全然ダメじゃん→コミ障じゃね?ぷぷぷ(笑)

 

ん、なにそれ。違うぞと。

 

私たちの(怖いからとりあえず複数形)コミュニケーション能力が低下したのではない。周りが上がりすぎているのである。つまり、従来まではまぁ、そんな子もいるよね。と流されていたのにもかかわらず、まわりが成長するがゆえに相対的に平均値が上がり、

気づいたらデットラインの下に突き落とされている(ように錯覚する)のである!

私たちが低いのではない!お前らが高いのだっ!!

 

は、ちょっと脱線してしまった。

まぁ、つまり、そういう人もいるからもう一度コミュニケーションってなにかな?

っていうのを考えてみましょうよって。

 

そんな僕の物語。

 

 

2−1 研究方法

 

まぁ、前置きが長くなったの早速始めよう。

ただね。コミュニケーションを考えたら本当に論文になっちゃうからもう端折るね。

そこから本気で考えたい人は僕の研究室の教授が書いてる本でも読んでみてください。

意味わからんから。

 

ということでコミュニケーション障害に絞って検討を進めることにしまーす。

 

さて、改めまして。

手始めにコミュニケーション障害とは(以下コミ障)なんぞやを知らなければならぬ。

では巷でいうコミ障とはなんぞやと。

まぁ、僕の日常はとっても暇、、もとい、仕事を終えた後の時間がたくさんあるのでそれを利用して、

仕事中、、、もとい、休憩時間に見ていたコミ障に関してのネット上のつぶやきをいくつかピックアップをして、僕の独断と偏見によってコミ障とはなにかを勝手に解釈していこうか思うわけです。

 

そして昨今、「コミ障」はどうやら他称から自称へと時代の変遷と共に移り変わり

いわゆるファッションとしての「コミ障」が蔓延しているという噂を聞きつけて

あぁ、それ、多分僕のこと。と内心ドキドキしているので

これを機に、結局どうなんだろうねということも追求していこう。という企画。

 

まぁ、要はどうでもいいことを

なるべく真面目にかつ真剣にそして馬鹿らしく考えていこうと思ったのです。

 

最高の暇の過ごし方になりそうですね。

 

「暇は潰すのではなく、楽しむためにあるのである」(菊地,2017)

 

ふむふむ。めもめも

 

あ、また脱線した。

 

2−2 コミ障とはなにか。事例から見るコミ障像

 

気を取り直して。というか、みんなそもそもコミ障って何かわからないよね?

ということでまずはコミ症がどんな特徴を持つのかを捉えてしてみましょー。

 

さて、ネット曰く「コミ障」には幾つかの特徴が挙がられている

(多分ね日本にいたら本から抜粋するけど、無いからもうネットでカンベンね。)

 

まずざっと列挙しよう。

(グループ①、②ともにすべてネットからの引用。URLは忘れた。)

 

グループ①

1 話し始めに「あ、」「まぁ、」を付けてしまう

2 自分から話は振らないけど話しかけられたらそれなりに応じる

3 仲の良い奴の前ではテンション高い

4 電話が苦手

5 沈黙が怖い

6 2人っきりになると話すこと無くて気まずい。

7 でも3人以上になると黙る

8 ネットでは饒舌

 

ん、ちょっとまて。

この段階でかなりピーンとくる。

というか8の「ネットでは饒舌」ってスッゲー恥ずかしいんだけど。

もろやん。すいません。小さい人間です。。。

 

なんか心折れかけた。けれどももう少しみてみましょう。

 

グループ②

1敬語とタメ語を行ったり来たり

2話しかけようとしても、 「変に思われたらどうしよう」と、 脳内妄想が始まり、結

 果 踏みとどまってしまう

3 ちょっと遠くから近づいてくる目上の知り合いにどの辺で挨拶すればいいかすごく

  迷う

4 俺ここにいなくても成り立つなって思った途端に存在感を消す

5向こうの方から微妙な知り合いが歩いてきたら、考え事してるふりして、視線をあら ぬ方向に固定する

 

はいはい。なるほどねー。

1の敬語とタメ語ね。うん。わかる。ついでちゃうよね。敬語。

忘れもしない、大学一年の入学したての頃。。。

敬語を知らない僕は体育科の人や教授に

 

「あ、そーなん?」

 

とかいっちゃってめっちゃキレられた記憶がある。

そこから僕の体育科系恐怖症は始まったといえるだろう。

というかそこから大学でジャージとかスエット着ている人見ると

「ビクゥっっっ!!!」となるようになった。

いや、これほんと。ちょっと体うくもん。足の毛穴からなんか出て。

 

さて、ここまでは

いわゆる「コミ障あるある」を見てみたのですが

 

どうっすか、これ。結構みんなも当てはまりませんか?

僕はかなりストライク多めで10打数5三振3凡打2死球くらいの成績です。

 

それはさて置き、

コミ障がどんなもんかってのが見えてきましたか?

 

これって、実際どういうことなのか

ということも考えていきましょう。

 

 

2−3 「コミ障」に関する分析と検討

 

僕は感動しました。

ちょっとネットを見るだけで、あぁ、こんなにもたくさんの人(コミュニケーションを苦手とする人)がいて、熱き思いを(人には直接言えないからネットに)叫んでいることに(実際にはツイートというささやき声だけど)。

そしてそんな人たちが、

コミ障とは単なる奇怪な存在ではないとしっかりと主張しています。

 

以下 引用

 

「コミュ障は喋れないんじゃなくて、こんなこと言ったら相手に悪いかなとか、変に  思われないかなとか、どう返すのが一番正しいんだろうとか、いろんなことが頭の中 でぐるぐるしてて、言葉を出すのにちょっと迷っちゃうだけで、決してあなたとお話 したくなくて「ぁ…ぁ」とか言ってるわけじゃないんだよ」

 

ははぁー

もうこれ正解。座布団あげる。

そうそう考えすぎちゃうんだよね。え、っとどうすれば良い回答なのか??

なにが正解か??というかなんて言えばこの場が楽しい場となってくれるのか・・?

と答えを探すのです。

そんな頭を説明してくれた図がこれ。

https://matome.naver.jp/odai/2148630594400582101

 

f:id:tokotokok-k:20170601064347j:plain

 

 

うんうん。

迷った結果の

「そうですね。。。」だからねっ!

相手からしたらすげーキョドッて考えた末に「そうですね」

って言うなら最初から言えよ!ってなるかもですが

すげー脳みそ動いた後の「そうですね」だから!!

結論なんてどうでもいいだろうが!

 

そんなこと言ったら

ドラゴンボールだって、

 

あぁ、「悟空が地球を何回か救うよ」

 

で終わるじゃん。

そうじゃないじゃん!そこにはこう、ドラゴンボールっていうのがってさ、七つ集めるとさ、、、セルがいてさ、悟飯がさぁかっこいいんだよ。。。その背景にはさ、ピッコロが修行してあげてさ、あ、ピッコロっていうのはナメック星人で、あ、そうそう、そのナメック星っていったらフリーザーがさぁ昔サイヤ人をさぁ、、、そこで悟空がスーパーサイヤ人に。。。(以下略)

 

で、悟空が最後に元気玉で地球救うんだよー!

 

じゃん!ここでしょ!この略されたところありきの結末でしょ!

それを踏まえた上で「そうですね」を聞けっ!うけとめろ!そして解釈しろ!

そっちがコミ力高いなら救ってくれ!空気とやらを、行間を読んでくれ!!

 

あ、脱線してた。

ごめん。

 

でも、そもそもうすうす気づいている人がいるでしょう。

つか、きくち、こんなこと書いてるけど、別におまえ、コミ障じゃないじゃん。

なんかキャラ作り?そういうの痛いよ?

 

うるせい!

これを見ろ!

 

引用

「コミュ障には三種類いる。 ①マジでコミュニケーション取れない人 ②趣味の合わない人とは話せないが、気の合う人となら会話が止まらない ③色々な人と会話でき、人当たりがよさそうな人間を演じる事が出来るが、物凄いエネルギーを消費する ③はコミュ症として認めてもらえず肩身が狭い」

 

これ!僕③だから!

まさしく今の状況!

そりゃしゃべれるよ!どうにか会話に食い込めるよ!でもな!疲れるんだよ!

つーか、考えすぎるからこそ、ここでぼくがつまらん顔してたらみんなに迷惑だな。。。がんばろ。。。って思考になるんじゃい!

2人でももし僕が静かだったら向こう迷惑だよな。つかもう僕といる時点で迷惑だよな。。すこしでもそれを軽減しなくちゃ。。。

そういう思考の挙句、

→「そういえばさー!このまえさー!」(HP2億消費)

 

だからな。

 

そしてこれまた引用

 

「私思いまするに、③の人は「コミニュケーションを取るのにエネルギーをたくさん消費する」と同時にですな、「エネルギーを使いさえすればコミニュケーションを取れるんだから消費しないのは怠慢である」という責任感を持っているのですよ。だから生きづらい。」

 

ということなんです。まさにその通り。そういう自覚があるからこそ

頑張らなくちゃ。。。って思う一面もあるわけだ。

 

。。。うーん

なんか結末が分からなくなってきた。。。。

 

あ、でもさ、全然違う意見もあってさ、

 

例えば(抜粋して引用)

 

「単に人見知りだったり口下手だったりする人のことを″コミュ障″とは呼ばないと思うんです。そういう人は、むしろ人一倍コミュニケーションに気を遣ってることが多いと思います。言わなくてもいいことを言わなくてもいいときに言ってしまうのが、コミュ障です。」

 

なるほどね。俗に言う空気を読めない人がコミ障なわけか。

これに従うとなると

僕はコミ障ではなくて、ただのコミュニケーションが下手くそなやつ、頑張り屋さんなやつ、 って感じになっちゃうのか。

なるほどねー

 

うーん。でもなんか釈然としない。

 

心理学でよくあるじゃん。病名がつくと安心するってやつ。

A「体調悪い。。。なんだろうこれ。。。死ぬのかな。。なにこれ・・怖い。。。」

医者「うん。これ風邪ですね。」

A「あ、そうでしたか。そういえばもうなんか苦しくないっす」

みたいな現象。(いやほんとにあるよ。これ。)

 

だから僕もなんかコミ障っていう称号があればこう、

すっきりしそうな気がする。

まぁ、現時点でかなりすっきりしてるんだけどね。

 

ということで

 

3 結論

 

そもそもコミ障とはなにか、ということを見てきて

その思考回路、その原因を探ったわけですが、なんだか悪いもんでもなさそうな気がしてくるよね。

つかコミ障っていう字が悪い。

全然障害じゃないから。悪いことしてないもん。

堂々と自分のコミュニケーションの方法を取っていいなぁ、と思うわけですよ。

 

最後に僕がちょっと安心したコミ障のいいとこ?に光を当てた方の

つぶやきをご紹介

 

①「まあいいか」と受け流す

②マイペースを保てる

③人生は思い通りにならないと思う

④タイミングが悪かったと考える(誰のせいにもしない)

⑤相手の事情も想像できる

⑥何事も経験と思う

⑦周囲に頼れる

⑧現実逃避が上手

 

 

悪くないよね

なんかとっても気楽そう。

いい意味で諦めてテキトー

ふんわり生きる。そんな生き方が今後のコミ障と呼ばれている人たちの

生き方なのかもしれない。

 

でもまぁ、実際にどんくらい不利益を受けているか、とかわからないもんね。

それにいわゆるコミュニケーション能力高い人からみたらどう見えるんだろうね。

この生き方でもいいじゃん。って結局自己満にすぎないからね。

ていう点には着目できなかったため、上記の点は今後の課題としたいね。

 

さて、

本戯言にあたり

ご協力いただいた世界のつぶやきに感謝するとともにまた、その言葉に勇気をいただいてここまで書くことができました。この場で感謝申し上げます。

また、青年海外協力隊という肩書きをもちながら

コミ障ということに関して全力で考える時間を与えてくれた周りの皆さん

・・・は別にいなかったわ。

 

うん。

結局ぼく。

ひとりだったわ。

 

つか、こんなことしてる間に教材作ったり

スペイン語の勉強しろって話だよね。

これってさ、コミュニケーション能力の前に

人間としてダメだよね。

 

ま。いいか。

 

あ、言うまでも無いことですが

そもそも「コミュニケーション」とはなんぞやという議論はクッソめんどくさいのですっ飛ばしました。

知りたきゃ図書館でも行ってみそ。腐るほど本あるから。

ちなみにこれ、僕がかつて書いた

ラインスタンプコミュニケーションのちょっとした論文

暇だったら見て味噌。

これよりかは真面目に書いてる。

 

ci.nii.ac.jp

 

 

余談ですが、僕が在籍していた

教育コミュニケーション専攻にまともにコミュニケーション取れる人

(学生・教授含めて)が少なかったので(というよりガチコミ障だった)

 

なんでだろうね?って友達に聞いたことがあります。

そしたら、コミ障だからこそ、コミュニケーションに関心持つんだろって言われて

 

すげー納得。

 

僕未だに関心持ってるんだけど。。。

 

 

 

ちゃんちゃん。

またね。

 

というか、、、ネットだと饒舌。。。

結構心にくるな。。。

 

「僕とパナマとコカコーラ」のこと

こんにちは。きくちです。

 

さて、

(以下、「前置き」)

 

ヒトが強いと言われる所以は

人間には適応能力が備わっていること

=すなわち「慣れる」ことが出来るからであると私は思う。

 

なるほど、

しかし同時に人間を弱くしてしまうのも

また「慣れ」なのである。

 

いや、突き詰めれば「慣れ」というのは

ヒトに備えられた最大の「逃避本能」であり「防衛本能」であるのではないかと。

 

 

さて、

パナマに来て約2ヶ月が経ち

任地に赴任して約1ヶ月が経った。

 

 

少しずつ僕はこっちの生活に慣れてきている。

 

朝起きたら虫が散乱していることに

シャワーが4回に1回は断水してちょろちょろなことに

冷蔵庫がもうすぐくるよーと言われ早1ヶ月が経っていることに

この家を居住候補にあげた職員に「よくこんな家住めるねー」と言われる矛盾に

断水が午前から夕方まで基本的に続くくせに午後からは基本的にスコールがくるといういきすぎたツンデレな天気に

小さな集落だからこそ街を歩くと全員に名前を呼ばれ、ちょっとした人気者な気分になれることに

自然に帰るゴミは基本的に窓からぶん投げる系の生活スタイルに

 

僕は少しずつ慣れてきている。

 

 

でも、慣れというのは非常に怖いもので

そこから先の思考を止めてしまう。

 

「まぁ、いいか」

「こんなもんだし」

 

この「慣れ」の産物とも言える

一種のあきらめが僕の心に巣食うわけであります。

 

 

つまり

慣れっていうのは

ヒトを適応させ、

違和感を、疑問を、可能性を

当たり前の中に埋没させてしまうことでもあるかなぁ

と思う。

 

なれることってのは

いわば、意識を無意識化してしまうものなのかもねぇ。

ならば、必ずしも良いものではないね。

 

 

あ、以上

これ前置きね。

 

 

改めましてきくちです。

さぁ、僕は今、

JOCVという肩書きを持っているわけですが

(まぁ、いっちまえば発展途上国で人のため国のために全力で頑張りまっせという決意をもったあっちぃボランティア)

 

 

あははは!!

きくちが!?ボランティア!?

 

大学の頃、授業の必修で幼稚園に行ってボランティアでしなければならない時に

面倒くさくて本気でやりたくないからって

出席のハンコ押して窓から逃げてフェンスよじ登って

家で寝てたぼくが?ボランティア!?

 

教育実習で掃除がしたくないからって

掃除の時間中ひたすら担任から見つからないところに逃げてた僕が!?

んで隠れて子どもとホウキで野球したら担任に見つかって説教くらった僕が?!

 

ボランティア!?

ふぁっく!

 

そもそも訓練所にいるときだって・・・・・・・・おっとさすがにこの先はまずい。

 

 

まぁ、

みなさんが想像がつくように

 

「そこまで逃げると逆にもっとめんどくさくなるだろ。」

ってくらい面倒くさいことから逃げたい欲が強い僕はとてもゆるくやっています。

 

 

いや、こんなこと言うと

マジでなにやってんの?

 

とか言われそうだからちゃんと働いているよ

アピールしとこうと思います。

 

ということで

僕の日常と

職場をご紹介しましょう!!!

 

決して最近他のボランティアがガンガン活動しているの見て

ちょっとでも頑張ってるアピールしとかなきゃ!(汗っ)とか思ってるわけじゃないからねっっっ!!!!

じゅ、、純粋に紹介したくなっただけだからねっ!

 

 

 

さて、

僕がいる国はパナマという中南米の国であります。

 

首都にはビルがたくさんたち並び、東京よりも土地が高く

マックもボーリングもあれば、ヴィトンやシャネルなどもあり

まぁ、正直ボランティアなんて一切必要ない国なわけです。

 

ところがどっこいどっこいしょ。

 

ちょっと離れれば

 

小さな村があり、

お店も1店舗しかなく、村には小学校しかなく、病院も何もかも隣の町まで

行かなきゃならない村があるわけです。(この村が僕の任地)

 

つまりかなりの地域格差がある国。

 

村はどんな感じかっていうと

 

村の人口→知らん→つか、家と小学校とお店2店舗(売ってるものは同じ)と教会と公園以外この村にはない。

 

 

そんな村の小学校では

子供が100人くらい

(正式には140人らしいけど絶対そんなにいない)

先生が12人くらいかな。

 

小さな小さな学校です。

時間割はあってないようなものだし

 

英語の授業の時に先生こなくて

どこにいるの?って担任に聞いたら

「そこにいるよ」

って見たら近くの教室でネット繋いでなんか見てるし

 

そんで担任も

じゃあ違う教科すっか。っつって適当に授業するし

 

授業を忘れる(というか意図的だろうがよっ!なぁ!?)そいつにオイだし

「そこにいるけどね」ってなにごともない感じで

言う担任にもオイと言いたくなるわけです。

 

 

いや、うそ。全然ならない。

 

普通におもしれーって思う。

この緩さがたまらんと思う。

これでなきゃ!とも思う。

つか自分に向いてる!とさえ思う。

 

だって、僕は日本の教育しか知らないわけで

というか一般的な日本の教育さえ受けてきてないわけで

 

そういうやつが海外行ってさ、

日本の教育とか語っても全然面白くないっ!

僕がワクワクしないっ!

 

ゆるゆるの中に身を任せて

こう、「面白ければいいじゃん!」って

思えればすげーいいと思うんだけどなぁ。

よし!ということでダラダラ気軽にやってこー!!

パナマサイコー!

 

って

二週間くらい前まで思ってたんだけど

 

それってつまり「教えるの放棄」だよね。

 

楽しければいいとかってそれって結果に責任を取らないことだし

日本の教育を押し付けに来たんじゃない、知ってもらうだけ!

も同じこと。

 

そういうのって全部

逃げだよね。

 

って考えたら

あ、たしかにー

って思うわけですよ。

 

僕がここにいるのは

結局は日本の教育を教えることであるわけで

いいか悪いかは僕が判断することじゃなくて

現地のヒトが決めるべきものだよね。

 

教えることは教えて

採用するかどうかの選択肢は向こうにある。

 

それを楽しければいいじゃん!文化を否定しない!とかいって

 

教えないってのはどうしても

責任逃れだよね。

 

って思って

 

まぁ、ちょこちょこ教材作ったり100マス計算やったり

点数とかまとめて可視化したりして

働いているふりしているわけであります。

そしたらなんかこう、前よりも見えてきたりするものがあるわけです。

あ、このできないと思ってた子どもが以外と出来ていたり

挑戦する意欲みたいなものを感じれたり

結局は頭使うより

実際に体使ったほうが見えてくるものがあるよね。

 

だから僕はもう少しだけ

頑張ってみようかなと思うのです。

 

 

 

 

はいっ!どうですか?

 

なんだかこう

壁にぶつかって

悩んで考えて

それで自分なりの答えを出して

一歩踏み出す

いかにも青々しい青年の頑張りみたいなもの

ちょっと見えました!?

 

 

ともかく僕だってこんな感じで生きてるんですよー。

 

あ、

そうそう、とか言いながらもね

学校は8時に始まって13時くらいには終わるんだけどね。

あ、ついでに僕の1日。

 

6時半 起床

7時過ぎ 出発(テクテクとあるく)

14時ころ帰宅→シャワー浴びてごろごろ漫画読んだり本読んだりユーチューブ

16時〜17時くらいから日が暮れるまで毎日サッカー

(サッカーチームとフットサルチームに加入した)

19時くらいにご飯食って(たまにこの時間からフットサルの練習か試合)

22時30には寝る

 

なにこのモラトリアムな生活!

学校で働いてる時間よりサッカーや好きなことしてる時間のほうが長い!たぶん!

 

ということで

 

サッカー終わりに飲むコーラのうまさってなんなん!?

 

という話でした。

(真面目なこというと恥ずかしいからこうやってふざけてバランスとるのは僕の昔からのクセ)

 

 

あ、でもね、なんかこう、

帰るときに

2年間クソみたいな生活をして

何もしてこなかったし、何もできなかった。ごめんなさい。

プラスにできたかわからないけど、少なくともマイナスにはならなかったよ。

 

でもね、すげー楽しかったよって胸張って言ってやりたい。

 

 

そんな感じの僕でした。

「無意味なことと戯言と時々愚痴」のこと

 

諸君!

 

いや、誰もいないのだけれども

あえてここでは諸君と呼びかけることにする。

 

さて、私が日本の裏側に来てすでに1カ月の歳月が流れたと思っているが

実際にはそうではない。2週間くらいである。

 

したがって少しずつ生活に慣れてきたと言ったら過言である。

 

そこで私は恥ずかしげもなく正直に言おう。

 

私は今、生活に飽きている!

 

他のボランティア達の生活が非常に

輝かしく、また希望に満ち溢れているのを見て

 

あれ、なんかそういうもんなの?という

途方もない寂しさに襲われている。

 

いや、実際そんなことないよね?

え。そんな楽しい?

ちょっとまって。おいてかないで。。。

 

そんな不安と葛藤をサクッと背負い込んだ

私は今から諸君らに純粋に愚痴をぶちまけることにする。

 

史上稀に見る駄作であることから

本当に暇じゃなければ直ぐさまパソコンの電源を切るか

ホームボタン連打をお勧めする。

後悔はしてからでは遅い。

 

さて

上述したことと相反するかもしれぬが

私のパナマ生活はつまるところ、

やる気に満ち溢れている!

 

獅子は我が子を谷に突き落とすというが

私はまさに自分を突き落としているのである。

 

例えば、日本であれほど勉強し書き溜めた便利なノートや

勉強道具を全て日本に忘れてくるほどのやる気に満ち溢れているのである。

 

そもそも筆箱や筆記用具さえ持ってくることを忘れてくるほどの努力をしている。

そしてそれに気づいたのも語学学校が始まる当日の朝であった。

 

したがって今は眼鏡ケースに、リュックに偶然入ってたボールペン一本をいれ

あたかも筆箱のように見せかけるというストイックさである。

 

(ちなみに何故か眼鏡とケースは全部で4つ持ってきていた。

なぜこんなに持ってきはのかは吾輩にもわからぬが、無論一つしか使っていない)

 

さらに

私の努力はそれだけにとどまらない。

 

例えば、家族との会話をあえて拒絶し、すぐさま部屋に引きこもり

日本から持ってきた甘酸っぱい青春を題材にする小説を読み漁り

ホームシックにかかるように仕向けているのである。

 このストイックさと言えば

かのイチローに匹敵する可能性がちょっとある。

 

決して人見知りが全力で発動し、

言葉の壁が思いの外高く登る気力を失ったというわけではない!

 

さて

このように書くと諸君の中に勘違いするものが出てくるだろう。

 

すなわち、菊地はただダメなやつなのではないか、と。

 

私はそのような声に断固反対する。

 

日本には昔から「能ある鷹は爪をかくす」という言葉がある

まさにそれなのである。

 

したがって私は家族との会話に参加することなく、黙々とご飯を食べ

余計なことを話さず爪を隠しているだけである。

 

そしてその隠し場所を忘れてしまっただけである。

下手したらこれも日本においてきた可能性もある。

 

しかし、私は隙あらば会話を乗っ取ってやろうとその隙を

虎視眈々と狙っているのである。

ただ、しかし虎視眈々と待っているあまり

少しうたた寝してしまい、

ホームステイが残すところあと一週間になってしまっただけである。

 

このほかに

私のストイックさを語る事例を挙げるとしたら枚挙にいとまがない。

例えば

夜、家に帰ってご飯を食べ(1人で)お風呂はいって寝るまでに

「ごちそうさま」と「おやすみなさい」

しか言わなかったという

おそらくボランティア史上最短のコミュニケーションで乗り切った夜が

3回くらいある。

 

もはや家族となったわれわれに

多くの言葉は必要がないと自負している。

 

このようなわれわれの関係性に気づけず

軽率に私を心配してくる輩もいる。

 

「きくちさん。もう少しコミュニケーション取ったほうがいいですよ。

スペイン語の勉強にならないですよ」

 

とある人に言われたこの冷静なるツッコミに

私はやや動揺したことを認めざるをえない。

 

だかしかし、

スペイン語とはあくまで言葉であり言葉とはコミュニケーションをとるための道具である

したがってコミュニケーションをとる必要性が感じられない時に、

スペイン語を話す理由など

流しそうめんでしらたきを流すくらい本末転倒かつ、

この例え並みによく分からないのである。

 

このように全てのものに反対し、屁理屈をこねている私を

人は「低俗だ」と罵るであろう。

 

しかし

かつてフリースクール創始者であるニイルは

学生時代に以下の(ような感じの)言葉を残している。

 

「くだらぬ慣習や風習に反抗することを低俗だというのであれば

私は高らかに、陽気に宣言しよう。私は徹底的に低俗である」

 

よく言ってくれたニイル。

まさしくである。

 

加えて

かのデカルトの名言といえば

「我思う(疑う)ゆえに我あり」

であるが

 

全てに正直になれないことが

自分の存在意義なのである。

 

このようにして、私は

自分の不甲斐なさと愛しさと切なさとと心強さを

 

無理やり過去の偉人になぞらえて

価値のあるものだと昇華しているのである

 

いや、結局言い訳っしょ

という声に私は耳を貸さない。

なぜならばその通りだからである!

図星をつかれるのはなかなか心苦しいものである。

 

苦しむならいらない!

どっかの少女漫画のヒロインみたいなことを

24歳の眼鏡の引きこもり青年が嘆いている絵面はなかなかにきびしい。

 

あ、価値といえば

私が日本から玉ねぎ持ってきて

現地のスーパーに行ったとしたら

 

目の前にある玉ねぎと

僕が持ってきた玉ねぎ

 

味も見た目も一緒なのに

価値(値段)と名前が違うことに

今更ながら感慨深さを感じている。

 

 

ロミオとジュリエット」(シェイクスピア

の中で

ジュリエットは以下のように言う

 

「名前って何?バラと呼んでいる花を別の名前にしてみても

美しい香りはそのまま」

 

玉ねぎだって一緒である。

 

玉ねぎを別の名前にしてみても

切ったら涙はでてくるのよ。

 

 

 

諸君、うすうす感じているだろう。

 

紛れもなく今回の投稿もまた

なんの意味と意義を持たないことに

ただの戯言である。

 

 

ということで

これ以上いつか読み返した時に恥ずかしくなるのは御免なので

ここで幕を引こう。

 

しかし、無意味なものなどこの世に存在しない。

 

だからきっとこのパナマ生活も

いつか意味がわかる時がくるのであろう。

 

 

だから、、、あの、、、、がんばろうね。

 

 

「どうやら僕のまわりはバファリン以上に優しさでできてるかもしれない」のこと

改めましてこんにちは。

3月のチキンこときくちです。

 

 

ということで27日に出国し、パナマへ向かう途中の僕に

ちょっとした不幸が集中砲火しておりまして

 

出国して経由地であるアトランタについた瞬間に

僕がやらかしまくったせいで

 

多くの方に

ご迷惑と不安と心配とかけてしまい

かつ

嘲笑と叱責と暴言を根拠の無い励ましを頂いて

道頓堀並みにどんよりしていたきくちでぷ。

 

ということで

 

「釈明」と「弁解」と「言い訳」と「言い逃れ」

を足して

「責任転嫁」で割ったようなことを書いておきたいと思います

 

『事件編』

まず

第一のやらかし

ロックアウト事件」

まぁ要するにオートロックのカードキーを部屋に置いたまま

外に出ちゃったよーって話です。

 

ところがどっこい小結ちゃん。

 

話はそんなに単純なことでは無いのです。

 

ことの発端は以下の通りである。

 

日本を旅立ち12時間後アトランタに到着した僕らは

重い荷物を抱えながらどうにかこうにかホテルに到着したのだが、

そのホテルの部屋が思っている以上にでかい。

入り口から端の壁まででんぐり返しが8回はできるくらい。

 

さらに面白いことに、その部屋の内側から隣の部屋に続く秘密の通路があったのです。

 

つまり、僕の部屋から扉を開けるとそこにもう一枚扉があり、

隣の部屋からその扉を開けると僕と隣の部屋がつながるのです。

そして隣の部屋の住人は一緒にパナマに行く人。

 

そんな部屋に泊まったことが無い僕はまぁ必要以上に浮かれ

隣の部屋に行ったりしたのです。

 

ここが全ての元凶であったことは言うまでもない。

 

隣の部屋に行き

「すげー!」

とか言ってると僕側の扉が閉まってしまう。

 

開けようとするがあかない。

なんだーあかないのかぁ。

(この時にはことの重大さがわかっていない)

 

しかたなく隣の部屋から廊下に出て僕の部屋に戻ろうとした時

やらかしに気づく。

 

あ、カードキー部屋の中だ。。。。

 

まぁ、ここまではよくある話、

ということで受付に行って予備のカードをもらう。

 

やっちゃいましたねー

なんて笑いながら部屋に向かう。

 

さて、普通ならここで物語はおわるのですが

 

ところがどっこいドキンちゃん

 

世の中と僕に付きまとうプチ不幸はそんなに甘くない。

 

扉が開かないのである。

 

ん?なんでだろう?あれ?んん?

 

不思議に思った直後、

僕に電撃が走る。

 

あ、ぼくちゃん内鍵しめてるやん。

 

 

。。。。説明しよう。

 

訓練所の生活でも鍵をせず呼び出しをくらいまくってた僕は

気づいたら鍵を必要以上にかける習慣を身につけていた。

 

ホテルの一室に入った時、その習慣が発動し、

(オートロックにもかかわらず)内鍵をしめ、

隣の部屋に行き、そして戻れなくなったのである。

 

つまり電子ロックに加え

物理的ロックもかけてしまっていたのである!!

(どどん!)

 

ということで

見た目は大人

頭脳は子どもの僕が

コナンに出てきそうな

見事な密室をつくりあげてしまった。というわけである。

 

そしてそこで慌てふためいていた時に

別の不幸が訪れる。

 

第二のやらかし

「戦力の半分を失っちゃったよ事件」

 

ふっとみたらズボンにくっつけていた

カラビナが外れておりスーツケースの鍵が

ぽろりんちょしていたのである。

つまり、2つ持ってきたスーツケースの鍵が

パナマに着く前に1つ帰らぬ鍵となってしまった。

 

キクチ君は鍵を2つ持ってました。

アトランタで1つ落としたので

残りはいくつでしょう?

 

この小学校の教科書的な現実を

受け入れ難いものの

 

ともかく無いものは無いのである。

いやむしろ、最初からあったっけ?と思うほど

飛ぶ鍵、跡を濁していなかったのである。

スーツケースは僕の全てであるため

それが開ける鍵が半分になるということは

すなわち

 

僕の戦力が半減することに等しい

 

かどうかはちょっとわからないけど

雰囲気的にはそんな感じ。

 

 

それはともあれ

チェックイン時にはめちゃくちゃ優しかった

受付のお姉さんにめちゃくちゃキレられて

どうにか最強のマスターキーを使い

部屋に戻った僕は(ちなみに内鍵だけでなく、チェーンをかけてたら詰んでいた。)

スーツケースの予備の鍵があることを確認して

一安心したのであります。。

 

さて、

その後寝る前にあることに気づく

 

『文明を捨てる羽目になるキクチ事件』

 

充電器・HDDなどの電子機器を入れた

袋がない。

飛行機の中でつかったのに。。。。

もしかして、、置いてきた。。。

海外において電子機器がなくなるということは

 

外部との連絡や・・・・・

 

ちょっと他には思いつかないけど

とにかく難しい年頃を迎える羽目になる。

 

ここまでくると

自分の神経というよりも

現実を疑いだす僕は

落ち込みながら現実逃避をするために

そそくさ、いそいそと

キングサイズベットの隅っこに逃げ込んだのでした。

 

 

『解決編』

 

朝起きると

先に空港に行った人から連絡が

 

「鍵がある。」

 

そしてそれはいかにも我が輩の鍵であった。

 

思いかけず

街角で初恋の人に会った時の感動の

半分くらい心臓が高鳴り

 

鍵をキープしてもらうことに。

といってもスタッフは預かってくれないので

空港内のある場所に隠してもらい後ほど回収する

手筈を整えてもらった。

 

ほんとうにありがとう。

 

 

そして一安心している時、

一緒にパナマに行く人が

 

テッテレー!

 

コード類が入った袋をだしてきた。

 

 

僕はその人にタバコ1カートン持ってもらっていたのだが

 

どうやら飛行機から降りる際

コード類を入れた僕のタバコの袋と

彼に持ってもらっていた袋を間違えていたのであった。

 

 

昨日無くしたと思った時に彼は寝ていたので

その事実に気付かないまま今を迎えたのでありました。

 

 

ともかく、

着いた途端

やらかし続き

 

戦力と文明と部屋を失いかけ

 

到着前にホームシックになり

着いてもないのにもう帰りたいと思っていた僕は

 

気づいたらもと通りになっていたのでした。

 

きをつけようね。

 

みんなありがとうね。

 

たぶん

まだやらかすかもしれないけど

たすけてね。

 

 

色々助けてくれたみんな。お礼は2年後に。

「さみしくなってもいい夜」のこと。

ぽん。

 

こんな大袈裟な音なんかしなかったけれど

それでも一つの大きな選択をするハンコを押した。

 

いわゆるJICAと僕を結ぶ契約書。

 

つまり僕はボランティア候補生からボランティアへと

法的に認められたわけです。

 

でもね

 

今まで僕は

別に誰かを救いたいとか

助けたいとか

無給でもいい!必要としてくれるなら!

とかそんな胃もたれと胸焼けと便秘になりそうな

ほど甘ったるいことは思ってなくて。

 

 

「なんで菊地は応募したの?」

 

何回か聞かれたけれど

 

考えて考えて

それでもうまく言えなくて

 

結局出た答えは

 

「ひまつぶし」

 

だって、そうでしょう。

 

絶対みんな今まで生きてきてあるでしょ。

 

熱く語るヤツをダサいって思ったり

必死に頑張ってるヤツをどっかで馬鹿にしたり

 

「おい、お前。いったい君はそこでなにをしてんの?」

 

なんて冷ややかに見たりする。

 

そういう人間の汚いところ。

絶対みんなあるでしょう。

いや、べつに共感はいらないか。

 

少なくとも僕はある。

 

 

他の人が熱く夢や人生を語るとき

どっかで馬鹿にして見下して

うわぁ、イタイなぁ。。。とか思って。

あると思うんだよね。

 

そう思われるのも嫌だから

 

だからあえて適当なふりをして

向き合ってないふりをして

「暇つぶしだよこんなもん」って

誤魔化してるふりをする。

 

誰かを卑下すること、

頑張ってるヤツを否定すること。

 

それを言うか言わないかは

七味が好きか、一味が好きか

くらいどうでもいいこと。

 

でも大事なのはそう思ってしまう

汚い自分がいるってこと。

 

見えないふりすることなんて

誰だってできる

熱く語るふりすることなんて

いくらだってできるんだもの。

 

 

でも、

心の奥ではきっと

そういう自分を冷ややかに見る自分がいる。

 

本当はそういうのに憧れてんじゃないの。

熱く語って、熱く生きて

人のために生きて

誰かの幸せを願いたい。

 

そう思ってんじゃないの?

つよがんなよ。びびんなよ。かっこつけんなよ。

 

って。

 

 

ああぁ

そうかもなぁ。

いや、そうだな。

 

どっかでみた

お金をせびってくる子どもたち

どっかでみた

家のないおっちゃんたち

どっかでみた

必死に国を変えようと頑張ってる人

どっかでみた

人のために生きる人

 

きっとそういう人たちの

エキスというか魂というか

よくわからないけどそういうのが

ちょっとだけでもきっと僕の中に

息づいている。

 

僕はどっかで

家もないけど僕にカップラーメンをくれたおっちゃんや

お金なくてご飯食べてないくせに、

さっき食べてもうお腹一杯だからって

自分と家族のご飯を僕にくれたインドのお父さんや

僕より20歳にもなってないのに

ハンガーストライキして国に訴え続けたあの人や

島を守るためにすべてを投げ捨てた島人に

 

僕はきっと憧れてたんだ。

 

そういう人に憧れて

そういう人を助けたいと思って

 

その一歩になればいいな

って思ってここにきたのかもしれない。

 

そんなことを最後夜に思って

少しだけ

さみしくなったのでした。

 

最後に自分に一言。

 

「おい。きくち。

てめーこそいったいそこでなにをしてるんじゃい」

「まっしろな世界と色づくことば」のこと。

こんにちは。

 

絶賛訓練中のきくちです。

 

毎週火曜日にワクチンを接種する

という日々を過ごして早3週間。

僕の体はちゃくちゃくとワクチンに蝕まれています。

 

 

相変わらず僕の日々は

朝早く起きて国旗掲揚し、

朝から寝るまで勉強づくしです。

 

人生で初めて、ボールペンを使いきり、ノートを使いきるという

貴重な体験をしております。

 

あぁ、なるほどね。こういうことか

勉強した充実感ってのは

 

スペイン語の面白さにわくわくしながら生きているわけです。

 

あ、でもスペイン語が面白い

というより、言葉を学ぶ事がそもそも面白い。

 

手話をちょっと勉強した時も感じたのだけれど。

 

 

日本語で普段生活していると

世界はとっても鮮やかで、色彩にあふれて

全てが僕の世界なわけですが、

 

全く知らない言葉を知るとき

世界はまっしろになるのです。

 

あれ、椅子ってなんていうの?

机は?本は?僕のなまえは?

 

世界がふっとそっぽ向いたように

一気に色彩を失うのです。

 

だけど、ちょっとずつ、

ちょっとずつ言葉を知ると、

これが「本」っていうものか。

これが「子犬」なのか

この机の色はこんな色だったのか。

 

世界に色が出てくるのです。

 

ちょっとずつ鮮やかになってくる

この世界にわくわくを感じながらも今日も

せっせと宿題をするのです。

 

手話だってそう。

ボディランゲージとは違う、一つのことば。

 

音なんてなくたってひとつのことば。

 

知らなかった世界が少しずつわかるようになっていく。

あぁ、言葉を学ぶというのはこんな感じだったのかな。

 

 

って生まれた頃の自分を思い出しては

にやにやしてしまう。

 

 

言葉は文化。

手話を学んでちょっとだけ

音のない世界の事を知り

スペイン語を学んでちょっとだけ

知らない世界をしる。

 

悪くないね。

 

そんな感じで僕の日々は続いております。

 

うん。

 

って感じでちょっとでもカッコつけないと

この収容所みたいな生活に耐えられないんだよー!!!

 

なにこの、分刻みで管理され、否応なしに注射される感じ。

僕が今まで必死に避けてきたことのベスト5が全て詰め込まれてますやん。

こちとら学部生の頃、インフルエンザ注射で泣いて

院に入学するときも予防接種ごまかしてきてるんだぞ!

 

とまぁ、注射はまだしもね

とりわけ一番許せない事。

 

なにこの「全体気をつけ!」の号令で

ザザっと衣擦れの音ともにみんなびっしりと立つ空気。

 

「気をつけ!」

(ザザっ!)

 

「休め!」

「ザザっ」

 

うん、ちょいまて!!

 

「休め」ってなに!?

全然休めないんですけど!!

 

立ったままなんですけど!みんな同じ格好してるんですけど!

もう一回言うけど全然休めませんけど!

 

いる!?その号令!?

というかだいたい、ダラッとしたら怒るのに

休めってどっちやねん!!

 

これはあれか。

休めって

「休憩」の休め

ではなくて

休めという名前のポーズをとれっていう

命令か。

じゃあ「休め」

じゃなくて

「足広げ!」とかでいいじゃん!

間際らしい名前で

ちょっと優しいふりするな!

デレツンか!このやろう!

 

というしょうもないことが

気になってしょうがないお年頃になってきました。

 

 

 

 

いや楽しいんだけどね。

 

そんな感じで今日、

ちょっとした仕事を忘れていて

大人の方に

「おまえふざけんなよ。」

って普通に怒られたのはここだけの話。

 

ちょっとだけ、大学院の

夕方に起きて、

なにもせずだらだらして

ただただぼーっとしてた頃が懐かしく思えます。

 

 

 

「2017年と、ぼくと、ジャイカ」

ここは研修施設ではありません。

24時間、訓練する場所です。

 

そんなとある人の

一声で僕の2017年は幕をあけたといって良いでしょう。

 

 

時は遡り、2016年12月末日。

 

 

地獄のような毎日を過ごし

どうにかこうにか修論を書き上げた僕。

(手伝ってくれた方本当にどうもありがとう)

 

恐るべき口頭試問もどうにか乗り越え

訂正をし、最終提出をしたのが

12月26日。

 

「ま、もう内容はこれ以上触れないでおきましょうか・・・」

 

そんな妥協以外なにものでもない

ボスの一言により、僕の修士論文はどうにか

完成を迎えたのでした。

 

 

さて、時は流れ2017年。

1月5日。

僕は今、JICAの訓練施設にいます。

ちなみに長野県、駒ヶ根

 

ここで約2ヶ月の訓練を受けます。

 

語学から、発展途上国のこと、安全・危機管理のことなど

多岐にわたりみっちりと行います。

 

1日の流れ。

 

6時前には起床。

この時間まで起きていることはあっても

この時間に起きることは

今までの人生において8回くらいしかない。きがする。

 

んでもって6じ30から

点呼を行い、

寒空の下、国旗を掲げ、ラジオ体操をし、そのまま

ランニングへGO!

2〜3キロくらいだってさ。

 

んで8時45分から

18時までお昼ご飯を挟みながらも

訓練するそうですよ。おくさん。

 

もう、想像以上にハードじゃないっすか!!

 

 

とまぁ、嘆きながらも、

まだね、その生活にはきっと順応できる気がするからいいんだけど

 

問題は

語学である、スペイン語の学習。

 

Y

 

これスペイン語でなんていいますか?

 

英語では「わい」

うん。なるほど。馴染みがありますね。

 

スペイン語では

 

「イグリエーガ」

 

はい、ちょっとまったー。

 

え、と。うん。

 

長くね?

 

もはや単語やん。

 

どゆこと?ん?

 

 

そんなハテナに苦しみながら

明日はクラス分けテストだぜぃ!

 

今更数字の1〜100を言えるように頑張っています。

 

 

やはり、JICA、さすがです。

みんなコミュニケーションスキル高いです。

 

新宿から長野へバスで向かう時

あからさまに、こいつジャイカメンバーだなって人が

ちらほらと。

とりあえず寝たり、寝たたふりしてたら

ついた頃には僕以外がお友達に。

おかしいなぁ。。。

 

夕食時、なんとなく座ったら

まわりがもうあだ名で呼び合う仲に。

 

目の前の人が気を使ってくれて

「菊地さん、あだ名なんかあります?」

と話を振ってくれたにもかかわらず

 

テンパった僕は、

 

「いや、特にないです。はい。」しーん。。。

 

「あ、そうですか。。確かに、菊地ってあだ名つけにくいですもんね。。。」

 

という特に確証のないフォローをいただきました。

 

 

なにこれ、

大学の再来?

むしろ大学院の再来?

 

気づいて!僕は人見知りなの!!

 

なんて感情はもちろん心の奥底に

ぼくはもくもくとご飯食べました。

 

 

そんな感じで1日が終わっていきます。

 

 

あ、出発日が決まりました。

僕が無事に訓練を終えれれば、出発は

3月27日です。

 

訓練が終わるのが3月15日。

 

訓練終わってから猶予期間が

10日ちょっとしかないという現実に

震えながら僕は今日を生きています。

 

 

こんな感じで僕の2017年、あけました。