ことのこと。

思ったこと。感じたこと。自分の視点で自分の言葉で描いてみる。

じぶんのこと

1993年に東京に生まれ

無難に保育園に通っていた

ところが小学校二年で小学校をドロップアウトし、

ひきこもる。

 

その時から教育テレビ(さわやか三組や、ガンコちゃんなど)→読書→笑っていいとも→ライオンのごきげんよう→昼ドラという生活を続ける。

 

三年の時、フリースクールに通い始める。

中学生、高校生とつるみだしひきこもり生活とは打って変わって

昼過ぎからファミレスドリンクバーに行き、そのまま町を徘徊という生活に。

悪いことやよいこと、様々な価値観を知り、少しずつ同じ世代の小学生を幼く感じだすというひねくれた性格に。

 

四年生のこと

「給食費払ってんだからね!!!」という母親の一言で確かに、と納得した僕は

たまに給食だけ食べに学校に行くという生活。

20分休みに学校へ行き、少し授業受け、給食食べて、昼休み遊んで

掃除が始まったら帰るという社長な生活。

友達の「お、今日は菊地来たんだ」「ずりーなぁ」「また明日、かな?」

という言葉が何だかとてもうれしかった記憶。

 

六年生の時、修学旅行に行きたい!!!(日光)

という思いから本番二か月前から学校に行き始める。

そしたら「あ、なんだ。学校って意外と面白いじゃん。」と悟り、

だらだらと卒業まで行くことに。

 

中学生の時。

埼玉のイカレた学校に入学。

 

中二の時、

友達に奄美大島行こうぜ。と誘われ

二人で船のって、奄美のキャンプ場で住み込みながらお仕事を手伝う。

 

そこで出会った旅人に「お前ら何やってんの?勉強?そんなの意味ねぇよ。やめちまえ」という無責任な言葉にすっかり感化された僕は、もともとしてなかった勉強を完全に捨て、旅にはまる。

 

そこからふらふらと

時は流れ

ひょんなことから信州大学生に。

 

 

と、自分の生い立ちをなんとなく振り返ってみるとなんだか不思議な感覚になる。

 

「自分」がいつの間にか「他人」という枠組みにいて客観的に見てるような。

そういう感覚に。まぁ「過去の自分」はやっぱりもう別人なのかもね。

 

ただ、

こうやってたまには自分の生きてきた日々を思い出すとなんだか悪い気はしない。

 

誰かも同じようにその人の人生を生きて、そうしてこうやって生きてきた僕と出会っているということはもしかしたらとても面白いことなんじゃないかと僕は思うのです。

あ、こいつもこいつ自身の「自分」を20年間も生きてきて僕の知らないような体験、経験して生きてきて僕と出会ってんだ、と。

急に目の前に現れたわけじゃないもんな。とたまに考えてしまう。

 

 

という「自分」についてでした。